『オルシニア国物語』
アーシュラ・K・ル・グィン著 早川文庫
だが、こうしたすべては遠い昔に、四十年近くも前に起こったことである。
いまそれが起こっているかどうか、想像の国々の中ですら起こっているかどうか、わたしは知らない
〜収録作「想像の国」より〜
その文章に触れるだけで私の人生を豊かなものにしてくれる最愛の作家でございます。
もし仮に〝世界の中心〟というものがあるのなら、私の世界の中心はこの「西の善き魔女」がひとり佇んでいることでしょう。
人生の一番つらいときにその行程で携えていた本は『闇の左手』であり、
将来への転機を考えているときに読んだのは
『オールウェイズ・カミングホーム』でした。
すぐ手に入りそうなものというと上記の『闇の左手』と
『ゲド戦記』*2あたりですかね。
絶版が多かったり、内容が難解に思えてしまったりと、
最初の一冊を読みきるのがなかなか難しい作家なのですが、
村上春樹訳で出ている『空飛び猫』シリーズあたりはとっつきやすいので、
ご興味持たれた方はいかがでしょうか?
…書店で講談社文庫の〝村上春樹〟の黄色い背表紙を探すと見つかります。
作者名でなく、翻訳者の名前で並べられてしまうとは…OTZ*3
さて話を元に戻して、
今回は〝距離を置く〟工夫から生まれた〝想像の国〟
…オルシニアの短編集です。
そう、あの、あらかじめ失われた革命の物語…
『マラフレナ』の舞台ともなったあの国です。
ばらばらに散りばめられた物語は様々な年代の、様々な街に生きる、様々な人々の人生の一場面を切り取ってゆきます。
それぞれに独立した特徴的な短編の数々…。
実家の母が古布(…といっても半分は私がプレゼントしたものですが)をあつめているのですが、ときおり帰省した時にそれを見せてもらっているときと似た感覚を持ちました。
きれいな意匠のクッキー缶から、模様や織りの美しいとっておきの端布を並べて見せてくれているような…
うまく説明できませんが、ちょっとした〝とっておき〟をおすそ分けしてもらっている気持ちです。
さて、各話ですが「塚」は最近読んだ『金枝篇』との兼ね合いで面白く読ませていただきました。呪術と宗教の過渡期というか…。
同じく中世風の「モーゲの姫君」はやや現代的な読み味の話で、
むしろサスペンス調の「イーレの森」に漂う空気のほうが、古き善きものの面影を残していましたね。
「夜の会話」「兄弟姉妹」「屋敷」のような恋愛や結婚、そのあとの顛末にかかわる話がある程度読めるようになったのは自分自身がこれらを結婚をし変化したからでしょうか?なかなか良い具合でした。
もちろん、革命や動乱に関する話*4も多く、「東への道」「田舎での一週間」など。
「音楽に寄せて」がちょっと浮いちゃいましたが、プロレタリア文学的な雰囲気があるのでこのカテゴリーにひっくるめてしまえッ(強引!)
そしてシメは冒頭に上げた「想像の国」。
引用した本文で文字どうり〝シメ〟くくり、
〝想像の国〟オルシニアから、現実の世界へと連れ戻してくれます。
以前、『ブレイブ・ストーリー』の感想でも触れましたが、
あらゆるファンタジー作品の本質的な命題は〝現実世界とのケリをつけること〟だと思っているので、このソフトランディングは秀逸です。
もっとも、ファンタジーといってもこちらは広義の意味での〝想像の国〟で、
中欧、東欧のどこかにある国、というかなり現実よりの国ですがね。
ともあれ、ル=グウィン。
満ち足りた一冊でした。
…大事に、大事に読みすぎたので
読了するのに足掛け1年掛かってしまいましたがね(笑)
でも良い作品でした。